2026年4月10日、文部科学省は「デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議」の初会合を開催しました。4月7日の学校教育法改正案の閣議決定からわずか3日──デジタル教科書を「正式な教科書」にするという大枠が決まった直後に、その具体的な運用ルールづくりが動き出した形です。

検討会議では10項目にわたる論点が提示され、今秋ごろまでに指針を策定する予定です。本記事では、この検討会議の中身を詳しく解説します。

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この検討会議の位置づけ──「何を使うか」ではなく「どう使うか」

4月7日に学校教育法改正案が閣議決定されました。これにより、教科書の形態として「紙のみ」「デジタルのみ」「ハイブリッド(紙とデジタルの併用)」の3種類が認められる方向です。

しかし、制度上は3種類から選べるとしても、実際に「どの学年で」「どの教科で」「どのように」使うのがよいのかは、まだ何も決まっていません。

今回の検討会議は、まさにその「使い方のルール」を決める場です。正式名称は「デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議」。教科書会社がデジタル教科書をどう作るか、教育委員会がどう採択するか、学校がどう使うか──その判断基準となる「指針(ガイドライン)」を策定します。

座長には、中教審のデジタル教科書推進ワーキンググループ(WG)の主査を務めた堀田龍也・東京学芸大学副学長が選出されました。委員は15名で、全国の校長会代表、教科書協会、大学研究者、PTA代表、教育委員会関係者、日本学校保健会の専門家など、幅広い立場から構成されています。

10の論点──何が議論されるのか

初会合で文科省が提示した「主な論点(案)」は10項目です。教育関係者にとって特に重要なものを中心に解説します。

論点①:学年・教科ごとの教科書の形態

デジタル教科書を導入するとして、すべての学年・すべての教科で一律に導入するのか、それとも段階的に進めるのか。これが指針づくりの最大の焦点です。

松本洋平文科相は初会合で「義務教育段階の初期においてはデジタルのみの教科書の扱いには慎重に対応すべき」との認識を示しました。つまり、低学年ではいきなり完全デジタルにはしない方向です。

有識者からは英語や理科がデジタルとの相性がよいとの意見が出ています。実際、現行のデジタル教科書(教科書代替教材)の利用実績でも、英語での毎授業使用が最も多くなっています。音声をその場で再生し、自分のペースで繰り返し聞けるという特性が授業で活かしやすいためです。

論点②:紙とデジタル、それぞれが効果的な学習場面

紙の教科書が向いている場面、デジタルが向いている場面をどう整理するか。たとえば、長文読解は一覧性のある紙の方が理解しやすいとされる一方、動画や音声を活用する英語や理科の実験・観察はデジタルが効果的──こうした使い分けの指針が求められています。

全国学力テストの国語も2027年度からオンライン化されますが、長文問題については紙に印刷して配布する方針が決まっています。これは紙の一覧性が読解に有効であるという判断を反映したものです。

論点③:認知科学・発達心理学の知見

子どもの発達段階とデジタル教科書の関係を、認知科学や発達心理学の観点から検証します。「紙の方が記憶に定着しやすい」という研究知見がある一方、デジタルによる学習効果を示すデータも蓄積されてきています。

文科省の2024年度調査によれば、デジタル教科書をいつも使う児童生徒は「授業内容の理解」「主体的な学び」「対話的で深い学び」ができている割合が高いという結果が出ています。使用頻度が高まるほど効果も高まる傾向が確認されており、慣れや習熟が重要であることを示唆しています。

論点④:情報活用能力の育成と学習目的外使用

デジタル教科書の導入でPC・タブレットの活用場面が増えると、授業中にゲームや関係のないサイトを見るなど、学習目的以外の使用が増えるリスクがあります。端末管理ソフトによる制限・監視といった技術的対策と、次期学習指導要領での情報活用能力の育成強化という教育的対策の両輪で対応する方向です。フィンランドでは2025年に授業中の携帯電話使用を禁止しつつ、学習用端末は引き続き認めるという線引きを行っています。

論点⑤:手書きする機会の減少

デジタル教科書の導入により、児童生徒が手書きする場面が減少するとの懸念があります。指針には、自分の考えをノートにまとめる時間を設けることなどが盛り込まれる見通しです。

論点⑥:健康面への影響

視力低下の懸念は保護者から最も多く寄せられる声の一つです。検討会議には日本学校保健会の弓倉整専務理事が医師として参加しており、使用時間や教科書と目の距離などについてエビデンスに基づく議論が行われます。

論点⑦:海外の動向

フィンランド、スウェーデン、エストニアなど先行する国々の事例も議論の対象です。

フィンランドでは教材の選択は自治体や学校に委ねられており、紙に切り替える自治体がある一方、デジタル教材の開発に乗り出す自治体もあります。2025年には基礎学校での授業中のスマートフォン・スマートウオッチの使用が禁止されましたが、学習目的の利用は引き続き認められています。

スウェーデンは2010年代にデジタル化を急速に進めましたが、広告入りの教材が使われるなどの品質問題が生じました。その結果、紙の出版物を教科書として再定義し、紙とデジタルの両方を使う方向に転換しています。

エストニアは約10年前にデジタル教科書を本格導入し、2018年のPISAでトップレベルに躍進。2022年調査でも上位を維持しています。

論点⑧:教科書内容の精選と教材との役割分担

次期学習指導要領では教科書の内容を精選し、教科書以外の教材との役割分担を明確にする方向性が示されています。デジタル教科書の導入と合わせて、QRコード先のコンテンツの位置づけも整理されます。

制度改正後は、QRコード先のコンテンツも「教科書の一部」として位置づけることで、コンテンツの無制限な拡大を抑制しつつ質の保証を実現する方針です。

論点⑨:発行者・採択権者への過度な負担の防止

教科書の形態が3種類になることで、教科書会社には制作日程の過密化、教育委員会には3形態の比較検討・調査研究の負担増が懸念されています。デジタル機能の一覧を示すなど採択事務の負担軽減策が検討されるほか、教科書見本は実際に供給される形で提示することが求められます。

論点⑩:学校のICT環境と支援体制

デジタル教科書の円滑な使用には、通信環境・端末の整備が前提となりますが、自治体間で格差があるのが現状です。ICT支援員の配置やヘルプデスク体制の充実、教員のICT活用スキル向上のための研修体制も論点に含まれています。ICT環境の格差が「教科書格差」にならないよう、支援体制の整備が急務です。

現行のデジタル教科書の利用実績

指針づくりの前提として、現在のデジタル教科書の利用状況を押さえておきましょう。

文科省は2024年度から小5〜中3を対象に、英語は全国100%、算数・数学は約50〜60%の学校にデジタル教科書を配布しています。2024年度時点の活用状況は以下のとおりです。

  • 毎授業で使用する教員:約23%

  • 4回に1回以上使用する教員:約64%(6割以上)

  • 毎年10%程度ずつ利用頻度が向上

使用頻度が高い教員ほど、また使用歴が長い教員ほど、活用頻度が上がる傾向が確認されています。「慣れ」が活用のカギであることを示すデータです。

今後のスケジュール

検討会議の設置期間は2026年4月1日〜12月31日です。今秋ごろまでに指針を策定し、教科書会社や自治体、私立学校に示す予定です。

  • 2026年秋ごろ:指針(ガイドライン)策定・公表

  • 2027年度:新たな教科書の制作開始(めど)

  • 2028年度:教科書検定(デジタルな形態を含む新教科書)

  • 2029年度:教科書採択

  • 2030年度:使用開始(次期学習指導要領の実施に合わせて)

並行して、文科省はデジタル教科書に対応した新たな検定基準の在り方も今秋ごろまでに示す方針です。

教育関係者が注目すべきポイント

塾・教育事業者への影響

今回の指針は、学校教育の中で紙とデジタルをどう使い分けるかのルールを定めるものです。塾や教育事業者にとっては、以下の点が重要になります。

まず、学校で使われるデジタル教科書の内容や範囲がはっきりすることで、塾が提供すべき補完的な教育内容も明確になります。学校がデジタルで音声や動画を活用した授業をするようになれば、塾はそれを前提とした指導設計が必要になるでしょう。

また、自治体ごとに紙・デジタル・ハイブリッドの選択が分かれる可能性があり、塾としてはどの形態にも対応できる柔軟な教材体制が求められます。

保護者への説明

保護者からは「低学年からタブレットを使わせて大丈夫か」「視力が心配」「手書きの機会が減るのでは」といった声が上がることが予想されます。今回の検討会議ではまさにこれらの論点が議論されるため、指針が策定されれば、学校や塾が保護者に説明する際の根拠となります。

学校現場への影響

教員にとっては、指針によってデジタル教科書をどの場面で使うべきかの目安が示されることで、指導計画を立てやすくなります。一方で、採択時に紙・デジタル・ハイブリッドを比較検討する負担が増える懸念もあり、検討会議では発行者や採択権者の負担軽減策も議論されます。

まとめ

今回の検討会議の開始は、4月7日の閣議決定に続く重要な一歩です。法律で「デジタル教科書は正式な教科書」と決めたとしても、実際にどう作り、どう選び、どう使うかが決まらなければ、現場は動けません。

10の論点のうち、特に注目すべきは「どの学年・教科からデジタルを導入するか」と「紙とデジタルの使い分け」です。認知科学や海外事例のエビデンスをもとに、秋までにどこまで具体的な指針が出るか──2030年の教科書の姿を左右する議論が始まりました。


参考資料:

  • 文部科学省「デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議(第1回)配布資料」(2026年4月10日)

    • 資料1:検討会議の開催について・委員名簿

    • 資料3:教科書のデジタル活用の現状と今後の方向性について

    • 資料4:デジタルな形態を含む新たな教科書の円滑な導入に向けた主な論点(案) https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/206/giji_list/mext_02310.html

  • 日本経済新聞「デジタル教科書、使用の開始学年・教科に目安 指針策定へ」(2026年4月10日)

  • 日本経済新聞「デジタル教科書配布、改正法案を閣議決定 文科相「一律導入はせず」」(2026年4月7日)

  • デジタル教科書推進ワーキンググループ審議まとめ(2025年9月24日) https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/100/toushin/mext_00012.html

この記事は塾にどう効くか

当面の指導には影響しません。ただし数年後、生徒が学校で使う教材の形が変わります。塾のプリントとの相性を考えておく時期がいずれ来ます。

手書きの機会が減ることが明示的な論点になっている点は、書いて覚える指導をしている塾には関係します。

保護者への説明材料になるか

使えます。「デジタル教科書になると学力が下がるのでは」という不安は保護者に根強くあります。この検討会議が認知科学の知見や健康面まで論点に入れていることを示せると、不安の質が変わります。

断定は避けてください。まだ指針を作っている段階です。

指導・カリキュラムへの影響

紙で書かせる時間の価値が、相対的に上がる可能性があります。学校で手書きの機会が減るなら、塾がその役割を担う場面が増えます。

いま何かを変える必要はありませんが、「うちは紙で書かせます」という方針を持っている塾は、その理由を言語化しておくと強みになります。

発信のネタとして使えるか

使えます。デジタル教科書は保護者の関心が高く、賛否が割れるテーマです。

自塾で書くなら「学校がデジタルになるなら、塾では何をするか」という自塾の立ち位置の説明として書くのが自然です。

塾のホームページ、今のままで大丈夫か診断します

制度の変化を保護者に伝える場としても、ホームページは使えます。スマホ表示・問い合わせ導線・情報の鮮度を、塾専門の視点で無料チェックします。

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