2026年2月20日、文部科学省の中央教育審議会 教育課程部会「外国語ワーキンググループ」の第9回会合が開催されました。テーマは「AIを含むデジタル学習基盤の活用の在り方」。次期学習指導要領(2030年度〜小学校全面実施予定)に向けた議論の中で、外国語教育におけるAI活用の方向性が具体的に示されました。
「AIがあれば英語は勉強しなくていい」──そんな声が聞かれる今だからこそ、文科省がどのような方針を打ち出しているかは、学校の先生にとっても、塾の先生にとっても、見逃せない内容です。
本記事では、この第9回会合の配布資料をもとに、AI時代の外国語教育がどう変わろうとしているのか、重要ポイントを詳しく解説します。
Youtubeチャンネルでは動画解説も行っておりますので、こちらも合わせて御覧ください。
外国語ワーキンググループとは?──次期学習指導要領策定の最前線
まず「外国語ワーキンググループ」の位置づけを確認しておきましょう。
このワーキンググループは、中央教育審議会の初等中等教育分科会・教育課程部会の下に設置された専門家会議です。2025年9月の第1回から2026年2月の第9回まで、次期学習指導要領における外国語教育のあり方を集中的に議論してきました。
第9回のテーマ「AIを含むデジタル学習基盤の活用の在り方」では、京都大学の金丸敏幸准教授(外国語教育・自然言語処理が専門)らが発表を行い、教育現場でのAI活用について踏み込んだ議論が行われています。
デジタル学習基盤の「今」──数字が示す理想と現実のギャップ
配布資料で注目すべきは、現在のデジタル学習基盤の普及状況を示すデータです。
デジタル教科書の普及率は、小学校で約80%、中学校で約90%と着実に進んでいます。一方、高校は約40%にとどまっており、学校段階間の格差が存在します(令和5年度時点)。
1人1台端末の活用についても、学校間・教員間での活用格差が課題として指摘されました。つまり、ハードウェアは行き渡りつつあるものの、「使いこなし」の面ではまだまだばらつきがあるということです。
特に深刻なのは、「英語話者との遠隔会話」の実施状況です。その効果が実証されているにもかかわらず、実施率はわずか約10%にとどまっています。デジタル環境が整った今、活用されていないリソースが存在するという矛盾が浮き彫りになりました。
この基盤整備の格差は、そのまま英語力の格差につながるリスクがあると、資料では警鐘を鳴らしています。
学習指導要領にAI活用を明記へ──「AIが教師・ALTの代わり」は誤解
今回の資料で最も重要なポイントの一つが、次期学習指導要領の外国語科にAI活用を明記する方向性が示されたことです。
ここで注意すべきは、「AIが教師やALTに取って代わる」という誤解を生まないよう、慎重に位置づけるという点です。あくまでAIは、児童生徒の外国語能力を適切に使うことで高めるツールであり、教師の役割を代替するものではありません。
また、資料では「外国語学習に特化したAI」と「汎用的な生成AI」を区別して考えることの重要性も指摘されています。ChatGPTのような汎用AIをそのまま英語教育に使う場合と、語学学習専用に設計されたAIツールでは、効果も注意点も異なるということです。
具体的な指針として、以下のような内容を学習指導要領の関連文書に盛り込む方向が示されました。
教師・ALTの効果的なAIの位置づけと活用方法
児童生徒の効果的な活用方法(単純な翻訳ツール利用の回避)
授業と家庭学習の連携におけるAI活用
第二言語習得研究・認知科学の知見に基づく活用
情報活用能力の「3つの柱」──AIリテラシーの新しいフレームワーク
資料では、AI時代に求められる情報活用能力を3つの要素で整理しています。
①活用:AIを使って問題を解決したり、自分の考えを形成したりする力。つまり「使いこなす力」です。
②適切な取扱い:法律やルール、倫理、安全性、メディアリテラシーを踏まえた適切な利用。いわば「賢く付き合う力」です。
③特性の理解:AIがどのような仕組みで動いているか、その限界は何かを理解する力。「本質を知る力」と言えます。
この3要素は、学校段階ごとに段階的に深めていく設計です。
小学校では「総合的な学習の時間」の情報領域でAIのよい面・課題のある面を体験的に学び、AIの出力には誤りやバイアスが含まれる可能性があること、最終的には人間の判断が不可欠であることを理解します。
中学校では新設が検討されている「情報・技術科」で、AIの予測・生成のメカニズムを学び、AIを一つの技術として活用した問題解決を設計・評価できる力を養います。
高校では「情報Ⅰ」でユーザーとしての深い理解とデータサイエンス・AI教育との接続を図り、「情報Ⅱ」ではAI開発の基礎や機械学習の仕組みまで踏み込む内容が想定されています。
メディアリテラシーとクリティカルシンキング──「批判的に考える力」を教科学習の中で
もう一つの重要な論点が「メディアリテラシー」の位置づけです。
資料では、メディアリテラシーを「社会的・文化的な文脈を考慮しながら情報を批判的に評価する能力」と定義しています。そしてその土台となるのが「クリティカルシンキング(批判的思考)」、すなわち論理的・合理的に考え、振り返りながら判断する力です。
重要なのは、これを独立した「スキル教育」として切り出すのではなく、各教科の学習プロセスの中で育てるという方針です。外国語教育で言えば、英語で情報を読み取り、その信頼性を評価し、自分の考えを論理的に組み立てて発信する──こうした学習活動そのものがメディアリテラシーの育成につながるという考え方です。
AI時代になぜ外国語を学ぶのか──文科省が示す「2つの柱」
「AIがあれば英語を学ぶ必要はない」という声に対して、資料は明確な回答を提示しています。「AI時代に外国語を学ぶ本質的意義(Ver.3)」として、2つの柱が示されました。
第1の柱:言語・文化・コミュニケーションの深い理解
外国語を学ぶことは、単に翻訳能力を身につけることではありません。多様性の包摂・多文化共生の促進、母語や自国文化のメタ認知(客観的な理解)、そして翻訳ツールでは代替できない「生身の人間同士のコミュニケーション」への理解が、外国語学習の本質的な価値だとされています。
第2の柱:豊かな思考と人間関係の構築
外国語を通じて世界中の多様な情報や考え方にアクセスできること、外国語での表現を通じて論理的思考力が鍛えられること、そして多言語・多文化を強みとした人生の選択肢の拡大。これらが、AI時代だからこそ重要になる外国語学習の意義です。
資料では、英語習得には約2,200時間が必要とされる一方、日本の学校教育だけではそれを満たすことが構造的に困難であることも率直に指摘されています。だからこそ、AIを活用して練習量を大幅に増やしたり、家庭学習との効果的な連携を図ったりすることが不可欠だという議論につながっています。
教育関係者が注目すべき3つのポイント
ここまでの内容を踏まえ、教育関係者として特に注目すべきポイントを整理します。
1. 「AI活用」が学習指導要領の本文に入る可能性が高い
これは大きな転換点です。これまでの生成AIガイドライン(令和5年Ver1.0、令和6年Ver2.0)はあくまで「参考資料」的な位置づけでしたが、学習指導要領の本文に盛り込まれれば、全ての学校が対応を求められることになります。学校も塾も、AI活用の準備を本格化させる必要があるでしょう。
2. 「デジタル格差=英語力格差」のリスク
デジタル教科書や1人1台端末が普及しても、それを効果的に活用できているかどうかで成果に大きな差が出ます。遠隔会話の実施率が10%にとどまっている現状は、活用のノウハウやカリキュラムへの組み込み方に課題があることを示しています。逆に言えば、AI・デジタルツールを上手に活用できる教育機関には大きなチャンスがあります。
3. 「AIで英語が不要」は公式に否定された
「AI翻訳があるから英語は不要」という議論に対し、文科省は明確にNOを突きつけています。むしろAI時代だからこそ、言語・文化の本質的理解や、AIを使いこなすための基礎力としての外国語能力が重要になるという立場です。塾としても「なぜ英語を学ぶのか」を保護者に説明する際の根拠として活用できる内容です。
今後のスケジュールと残された課題
外国語ワーキンググループは今回の第9回が現時点での最新回です。今後は教育課程部会への報告、さらに中教審答申、そして学習指導要領の改訂作業へと進んでいく見通しです。
新たな学習指導要領は2030年度から小学校での全面実施が予定されており、そこに向けた具体的な制度設計がこれから本格化します。
課題としては、教員のAIリテラシー向上、活用格差の解消、学習評価への影響(AIを使った成果物をどう評価するか)、そしてOECD Digital Education Outlook 2026でも指摘されている「認知的オフロード(AIに思考を任せてしまうことで学習効果が下がるリスク)」への対処が挙げられます。
まとめ
今回の外国語ワーキンググループ第9回では、AI時代の外国語教育について非常に踏み込んだ方向性が示されました。
ポイントを整理すると、AI活用を学習指導要領に明記する方向であること、ただしAIは教師の代替ではなく学習を支援するツールであること、情報活用能力を「活用・適切な取扱い・特性の理解」の3要素で段階的に育成すること、そしてAI時代だからこそ外国語を学ぶ意義がむしろ高まっているということです。
2030年の全面実施に向け、今後も議論の動向を注視していく必要があります。
参考資料:
この記事は塾にどう効くか
生徒と保護者の「なぜ英語を学ぶのか」に答える材料になります。AIがあるから不要という話にはならず、むしろAIの出力を評価できる力が要るという整理です。
塾でAIをどう使うかの参考にもなります。教師の代わりではなく、練習量を増やす道具という位置づけです。
保護者への説明材料になるか
使えます。この問いは面談でも出ますし、答えに詰まると塾への信頼が下がります。
「AIが訳してくれる時代だからこそ、その訳が正しいか判断できる力が要る」という説明は、多くの保護者に納得されます。
指導・カリキュラムへの影響
AIを使った練習の設計に応用できます。発音練習や英作文の添削は、AIを併用すると量を確保できます。ただし判断は人がする、という線引きが要ります。
情報活用能力の3つの柱は、英語に限らず塾全体のAI活用方針を考える枠組みとしても使えます。
発信のネタとして使えるか
使えます。AIと教育は関心が高く、しかも塾の姿勢が問われるテーマです。
自塾で書くなら「うちの塾ではAIをこう使い、ここは使わない」という方針表明が最も価値があります。曖昧にしている塾が多いぶん、差になります。
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